食らし旅

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食への想い

〈森の京都 中島健太郎さん〉 夜久野の猟師に聞く
「田舎暮らし」のススメ
自ら狩り、加工し、料理する。六次産業で目指せ 豊かな田舎生活

2021/03/03

map_mori.png 海の京都

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みなさん、狩りをする猟師に会ったことはありますか?
山に分け入り鹿や猪を仕留め、さらには自分で加工・販売までしてしまうパワフルな猟師さんが福知山市夜久野にいると聞き、加工場にお邪魔しました。

—狩りから加工、営業まで

「夜久野ジビエ」の看板が掲げられた食肉処理・加工場。中島健太郎さんは、猟銃を片手に夜久野や伊根の山中を歩き、自ら鹿や猪を撃ち取ってはこちらに運び込みます。手作業で丁寧に解体したあと、生肉として飲食店などに出荷するのはもちろん、燻製やハム、ローストなどの詰め合わせは「猟師の厨房 健太郎の京都ジビエ」としてネット販売もしています。

ジビエというと獣臭さから苦手とする人も多いのですが、中島さんが処理加工した肉は臭みはまったく感じられません。それどころか、あっさりとしているのに赤身にうまみが凝縮されているよう。

「僕も昔は『食べ物じゃない』と思うくらい苦手でした。けれど猟師を始め、猟の師匠と一緒に食べた最初の鹿肉がすごくおいしくて。今までの肉は何だったんだと思いました」

勢い込んで飲食店100軒にサンプルを配りましたが、すぐに取引がはじまったのはたったの1軒。「おいしくない」と断られるお店もあったそうです。

「そんなわけない、料理のしかたを知らないのでは?と思いまして。特に鹿肉は、ゆっくりと火を通す低温調理をしないとパサパサになるんです。そのあとはキャリーバッグにコンロとフライパンを入れて営業に行き、必ず目の前で焼いたものを食べてもらったり、調理方法を説明したりするようにしました。それからは少しずつ認めてもらえるようになりましたね」

—おいしいジビエの狩り方

おいしい鹿肉、猪肉を手に入れるポイントは、ストレスをかけないことと血抜きの素早さ。たとえば罠にかかっていた時間が長いとストレスが高まり、においや肉の色が変わってしまうのだとか。一方、腕のある猟師が銃の一発で仕留め、肉に血がまわる前に血抜きを終え、さらにできるだけ早く内臓を処理したものは新鮮で臭みのないジビエ肉になるのです。なので中島さんが獲物を狙うのは、撃った直後に駆け付けて血抜きができる、100m以内と決めています。

鹿は農作物を守るため、長く駆除期間が設けられていますが、山に餌が豊富な夏の牡鹿、秋の雌鹿がいちばん質の良い肉が獲れるとき。猪は脂をたっぷり蓄えている冬が猟期ですが、雪山についた足あとを追っていくのが一番確実だからという理由も。ですが山深くで仕留めた場合、ふもとまで下ろしてくるのも重労働。時間もかかります。その場で新しいシートを広げ内臓処理をすることもあります。

—食の好循環を生むために

中島さんが猟師を志したのは2001年、新規就農のための研修を受けている時でした。
田植えしたばかりの稲も、「黒いダイヤ」と呼ばれる特産品の黒豆の新芽も、片っ端から鹿が食い荒らしてしまって作物が育たない・・・「鹿がいたら自分は農業で食べていけない!」と、各種狩猟免許を一気に取得し、害獣駆除に乗り出したのです。

現在、中島さんの処理場には、仲間の猟師さんたちが狩ったものも含め年間550頭ほどの猪や鹿が運び込まれますが、そのうち食肉にできるのは300頭ほど。福知山市全体で見ると、食用などに有効活用されるのはたったの1割ほどで、9割は焼却処分されています。
中島さんがジビエの普及に取り組むのは、作物も動物たちも、食資源をムダにし続ける悪循環を好循環に変えたいという思いもあります。

—一貫した生産で農家に収益を

そもそも、就農当時中島さんが目指していたのは、農産物の生産・加工から販売までをひとりで行う「農業の六次産業化」でした。
実は中島さんのお父様は脱サラして農業をはじめ、「農業を守ることは地域を守ることなんだ」と熱く語る姿に、幼いころは憧れていました。けれど成長と共に収入面での厳しさを理解し、自分が農家になることは考えていなかったそうです。ですが飲食店、設備会社などで働いた後、ひょんなことから自分で会社をつくることに。それならば地域のためになることがしたいと、当時地域で取り組んでいた黒豆味噌の加工・販売を手掛けようと考えます。さらに生産から販売までを一手に引き受けることで利益率を上げ、農家収入の底上げを狙ったのです。

ちなみに、設備会社で働いていた経験を生かして、食品やジビエの加工場所の地ならしや簡単な設計図をひくのは自分で行ったそう。た、多才・・・

黒豆の生産が下火になった今の季節は、中島さんの畑や近郊農家の食材を使い、和菓子やお弁当の仕出しを請け負っています。飲食店で働いていた経験を生かし、頼まれればジビエも携えて出張シェフに赴くなど、フットワーク軽く活動されています。

「自分がおいしいと思うものや、夜久野を元気にできるものをどんどん知ってもらいたい」と話す中島さんの夢は、農家オーベルジュをオープンすること。
1日1~2組限定で、夜久野のおいしいものとジビエのフルコースをゆっくり味わってもらえる場所を作りたい、と目を輝かせていました。

夜久野周辺の田畑には、すべて背の高い柵が張り巡らされていて、農家として作物を守るために大変な苦労をされていることが見て取れます。実は取材中、駆除用の罠にかかった親子鹿が運び込まれる場面にも遭遇。「命をいただく」ということを、あらためて考える機会にも。

しかしにこにこと語ってくださるお話からは、農家、猟師、加工場の運営といくつもの顔を持ちながら、のびのびと今を楽しまれている様子が伝わってきました。
次世代の若者に、田舎で豊かに暮らすためのひとつの道を示したい、地域みんなで楽しく暮らしていきたいという中島さんの想いがつまったフルコース料理をいただける日も楽しみです。

京都ジビエの詰め合わせもホームページや外部サイトで購入できるので、ぜひお取り寄せしてみてください。

有限会社田舎暮らし

猟師の厨房 健太郎の京都ジビエ

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