食らし旅

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食への想い

〈お茶の京都 左聡一郎さん〉 宇治ならではの抹茶尽くし会席料理
一子相伝の名物、抹茶豆腐を味わう 若主人は地元の子どもたちへの食育活動も

2021/03/03

map_ocha.png お茶の京都

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抹茶を「食べる」といえば、まずスイーツを思い浮かべる人が多いかも。抹茶パフェやパンケーキは人気だし、抹茶チョコレートは世界的に有名。でも、茶処宇治には抹茶を使った会席料理が味わえる料亭があるんです。約90年前から抹茶料理を名物にする老舗「京料理 辰巳屋」さんを訪ねて、お話を伺いました。

—江戸後期創業のお茶問屋から料亭へ

宇治川の流れのほとり、京都の夏の風物詩として名高い鵜飼いの船着場の目の前に、「京料理 辰巳屋」はあります。
創業は天保10(1840)年、茶の卸問屋に始まり、大正2(1913)年に茶店として客に食事を出すようになり、やがて本格的に料理屋へと変わりました。抹茶料理の始まりは今から遡って三代前、90余年前のこと。宇治らしい名物になる料理をと考案したもので、お茶を「飲むもの」から「食べるもの」へ転換した、当時としても斬新な試みでした。
今や抹茶スイーツは世界的にもブームを呼ぶほどの人気ですが、料理に使われるのはまだまだ珍しい。さすがは茶処の宇治ならではと、旅行客には特に喜ばれています。

—伝統と革新を志して八代目主人に

若主人左聡一郎さんは、神戸「松廼家」、金沢「山乃尾」など老舗料亭での修業を経て帰京し、父である先代とともに辰巳屋を盛り立ててきました。始めはぶつかりあうことも多かったそうですが、次第に腕を認められ、最後はほとんどを任せられるようになったといいます。
そして40歳を迎えた節目、2018年に八代目に就任。
厨房での仕事はこれまで通りでしたが、代表としての責任を得て、心構えには大きな変化がありました。伝統を受け継ぎつつも新しい風を入れようと、農家から直接仕入れる朝採れの野菜や平飼いの卵など地元宇治の食材にこだわり、ウェブサイトを充実させて情報発信にも力を入れるようになりました。座敷にはテーブル席を設けて座りやすく、また若女将自らが花を生け、少しでも気持ちよく過ごしていただけるよう心を配っています。

—料理ごとに抹茶を使い分けるこだわり

名物の抹茶料理(昼限定/4500円/税別/要予約)は、すべての料理に抹茶を用いたコース。厨房には10種類の抹茶を備え、銘柄ごとに異なる甘さやほろ苦さを生かし、料理によって使い分けをしているというから驚いてしまいます。料理法は先代から引き継いだ部分も多いけれど、自分なりの新作料理を求めて、常に試行錯誤をしているそう。
「新しい料理を考えるのは楽しいですよ、嫌と思ったことはないですね」

コースの最初に登場するのは、抹茶豆腐というのがお決まり。とろけるような食感とともに、ふわっと抹茶の香りと甘みが広がります。辰巳屋の抹茶料理を代表する一品だけに、調理法は一子相伝。知るのは主人のみです。
厳選された大豆から豆乳を絞るのは人力。豆乳の濃度は日によって変わるため、加える抹茶やニガリを0.1g単位で調整しなければなりません。それほど繊細なのです。出来上がりまでは三日がかり、手間ひまのかかる一品です。
抹茶豆腐のほかは、季節にもよりますが、生湯葉とカニの和え物やあわ麩田楽の抹茶味噌など、いずれも相性の良い食材と取り合わせた品が並びます。
もちろん上質の抹茶を惜しげもなく使うことが前提で、産地である宇治だからこそできる贅沢かもしれません。抹茶は光や湿度で劣化しやすく、扱いも難しいのです。

料理に用いる上質の抹茶。抹茶に挽く前の碾茶も

抹茶料理のほかに、京料理の会席コースも味わえます。写真はいずれも1月の京会席の一例です(1万2000円/税別/要予約)。

六方くわい、才巻海老いくら射込み、子持ち昆布ほか

まながつおの西京焼き 、花蓮根酢漬け、つぶし金柑、黒豆

かぶら蒸し(鱈、銀杏、百合根、きくらげ入り)、生麩、うぐいす菜

—和食の未来を見据えて食育活動を

主人の左さんは、地域の子どもたちへの食育にも力を注いでいます。息子さんが通っていた小学校での特別授業を始めたところ、クチコミで評判が広がり、徐々に市内の他の小・中学校からもオファーが来るようになりました。その活動が認められ、現在は民間の保護者から4名だけ任命される宇治市の教育委員会委員を務めています。
授業では、京料理って何か知っていますか、美味しさの感じ方、五味五感についてなど、子どもの目線に立って興味を持ってもらえるように話しをするのは大変なこと。
「おもしろくないと聞いてもらえません。『うまいって10回言ってみて?うまい、うまい、うまい‥‥、あれっ今“甘い”って言わなかった?』とか、いろいろ工夫しています」
おはなしの後は出汁についての実習です。まずは昆布だけの出汁を飲んでみる、次にカツオ節を加えた合わせ出汁との味の違いを体験します。最後に吸い物として美味しいと感じる程度に味付けしてもらいます。その吸い物を参観している父兄に味見させるのも、左さんの狙いの一つ。我が子の味付けが濃いと感じたら、普段の食生活を見直すきっかけになるかもしれません。
「食育は、子から親への逆流効果もあるんです」と左さん。和食離れがすすむこの頃、毎日の家庭での食事が大切なのはいうまでもないこと。最近は節句ごとを行わない家庭も増えています。50年後の未来を見据えて今伝えておかなければと、和食に携わるものとしての使命を果たすべく、活動を続けています。

—宇治のまちの活性化に力を尽くしたい

生まれ育った宇治が大好きという左さん。宇治のまちの活性化を願い、地域の子どもたちへ食育を始めたのもその一環です。地元の野菜を用いるのには、新鮮さ美味しさはもちろのこと、生産者の想いをお客さまに届けたいという理由もあります。
宇治ならではの抹茶料理を模索し、「日本中どこでも辰巳屋といえば『ああ、あの抹茶料理の』といわれるようになりたい」と語る姿に、熱い気合いを感じました。

一子相伝の抹茶豆腐は、まさに宇治でなければ味わえない贅沢な一品。
ぜひ一度、店を訪れてみてください。

同志社女子大学 非常勤講師  平成29年京都府「明日の名工」受賞
日本料理専門調理師 認定 「きょうと食いく先生」 認定
京都料理芽生会・日本料理アカデミー・京都料理組合・全日本食学会・国際観光レストラン協会会員

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