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京都・長岡京の登録有形文化財でこだわりのおばんざいランチを〜なかの邸〜
【長岡京市】長岡京の新たな観光スポットとして、街と人に寄り添う場づくり
かつて、京都と西国を結ぶ主要な幹線道路だった旧西国街道。今も長岡京市の旧街道には古くからの街並みや道標が残り、地域にとってなじみの深い通りです。2019年8月、街道沿いの登録有形文化財の旧家「中野家住宅」を活用した、飲食店「なかの邸」がオープンしました。運営に携わる事業長の小林明弘さんに、店や地域への思いを伺いました。
歴史的建造物の活用を地域のニーズに合った形で
中野家住宅には、主に江戸末期に建造された主屋と土蔵、昭和二十六年に建てられた茶室があります。特に茶室は、京都の町屋大工として名高い北村傳兵衛が手がけて現存する希少な作例です。また、長岡京の名産である竹を施した玄関や茶室の斬新な意匠、家紋があしらわれた欄間、代々受け継がれてきた調度品も見どころです。贅沢な空間の中で、四季折々の自然が美しい庭園を眺めながら食事が楽しめると地域で評判です。
地域に開かれた場としての歴史的建造物の活用は全国的に進められていますが、なかの邸で特筆すべきは、同店が福祉の場としての機能を持ち合わせていることかもしれません。運営する「一般社団法人暮らしランプ」は「暮らしのほんの少し先を明るく灯す」ことを理念に掲げ、京都市西京区・向日市・長岡京市を中心に障がいのある人の就労支援や放課後等の活動を行う団体です。なかの邸では障がいのある人が運営に携わっており、夜営業の飲食店では全国的にみても珍しいケースだそう。
「長岡京市から中野家住宅の活用事業者募集の話を伺ったとき、サポートしていた方々の約1割が病気などで昼間の就業が難しい状態でした。ということは、全国的にも同じようなニーズがあるはずで、モデルケースになるのではと考えました」と、小林さんは振り返ります。地域に合った就労支援の場を創りたいと考えた先に誕生したのが、なかの邸でした。
働き方を見つめ直してたどり着いた場所
「なかの邸」の運営を統括する小林さんは、広島県出身。大学卒業後、大手日用品メーカーや商社で10年以上、店舗運営や生産管理に携わりました。全国を飛び回る日々にやりがいを感じつつも、規模の拡大や売り上げを見つめ続けることに、ふと疑問を覚えることが増えていったといいます。
2011年、小林さんは出張中に遭遇した東日本大震災を機に「ささやかでも、その先にいる人の生活が豊かになる仕事がしたい」という思いを固め、なんとそこから1か月後には退職していたそう。その後、勤務した京都のこだわり食品のメーカーでは、製造の作業に障がいのある人を多く受け入れていました。障がいのある方々の働く場所が少ないという社会の現状に触れ、小林さんは次第に福祉の分野に興味を持つようになります。
食品の販売イベントに出展したときのこと。就労支援の一貫で屋台を出展していた「暮らしランプ」と出会い、その勢いや良いと思った方向へ舵をきる力に驚いたと語る小林さん。その後、交流を続ける中で誘われ、なかの邸の立ち上げに携わることになったのでした。
働く人を大切に……スペシャリティコーヒーも自分たちで焙煎
飲食店の運営や就労支援の場づくりという、小林さんにとって初めて飛び込んだ世界で大切にしていたことは、と小林さんにたずねると「利用者それぞれのペースを大切にすること」が真っ先に挙げられました。
なかの邸の玄関に入ると、まず目に入るのが大きな焙煎機が横たわる焙煎所。その奥を進むと、陽の光がやさしく射し込む作業エリアが広がります。いずれの場所でも利用者の方々が笑顔で出迎えてくれました。
この日見せてもらったのは、暮らしランプが設立当初から手がけるスペシャルティコーヒーの豆のピッキング作業。コーヒーに雑味が入らないよう、欠損豆がないかていねいに選り分けていく根気のいる作業です。
「生け花が得意な利用者は、店内の花の飾り付けを担当しています。障がいは、その人が持つ特性の一つであって、できないことがあっても、その分飛びぬけて得意なことがあったりする。なかの邸を運営するために必要な作業から、得意なことや好きなことを見つけて、自分のペースで続けてもらいたいです。」
利用者の気持ちに寄り添う小林さんですが、提供するサービスについてはプロの目を忘れません。「飲食店としてどういう価値をお客様に出せるかが大事です。そうすることで店の成り立ちにかかわらず、次も来てもらえるのだと考えます。」現在も、料理や景観の口コミだけを聞きつけて店に訪れる人も多いのだそうです。
地元の食材を活かした料理を、幅広い楽しみ方で
夜のおすすめは、「なかの邸コース」4400円。おばんざい5種、宮津名産一刻干し、一晩じっくり寝かせた熟成ローストビーフと季節の一品、そして釜めしです。
一番のこだわりは、ていねいに取ったお出汁で食材の味を引き出すこと。京都の老舗「うね乃」の鰹節や昆布を使って配合を季節ごとに変え、料理に奥行きを与えています。
この日の季節の一品は、おでん。お出汁の優しい香りと春を先取りする菜の花に心がほぐれます。さらに丹波赤鶏の釜めしにもお出汁がついていて、一杯目はそのまま炊き上がった状態で、2杯目はお出汁をかけて異なる味わいが楽しめます。
また、食材は主に長岡京周辺や京都府内のものを取り入れています。おばんざいは有機野菜をはじめ旬の食材を使用。魚介類も京都縦貫道・長岡京ICからすぐ近くという立地を活かして、京丹後の海の恵みが新鮮なまま味わえます。なかでも宮津の老舗卸問屋「カネマス」の一刻干しは、カマスやアジなどのその日獲れた魚をお出汁に漬け込んでから短時間乾かしたもので、半生なので身がふっくら柔らかいまま魚本来の旨みが凝縮されています。
さらに、夜には長岡京にゆかりのある細川ガラシャにちなんだ日本酒「ガラシャの夢」をはじめ、全国のこだわりの地酒を常時約30種類そろえています。京都の醸造所「一乗寺ブリュワリー」の季節ごとのクラフトビールも人気だそうで、昼間の主屋の雰囲気とはまた一味違う、しっとりとした空間の中で味わえます。
そのほか、夜のコースの人気メニューをぎゅっと詰めた昼限定の松花堂弁当1650円もおすすめです。やれることは全部やります、と力強く言い切る小林さんは、昨年からコーヒーと手作りケーキをゆっくり味わえるカフェ営業や、テイクアウト弁当もスタート。なかの邸の楽しみ方はますます広がっています。
地域に根ざした取り組みで、長岡京の魅力を広げてゆく
中野家住宅にまつわる話を聞くたびに、この場所が地域の人により大切に守られてきたことを小林さんは感じると言います。より地域に根ざした場所になるよう、2020年11月には長岡京市の名産である竹を用いて、地元の竹職人や高校生とのコラボによって店の周囲約30メートルに竹垣を設置しました。また、放竹林対策の一貫で、地元の竹農家から相談を受け、幼竹でメンマを仕込み、食材としても使用しているそうです。
「料理を味わってもらうのはもちろん、以前開催した狂言のイベントのような、歴史ある場所にふさわしい時間も設けていきたいですね。色んな取り組みをすることで地域の人にも楽しんでもらえ、利用者にも利益が還元されていく…そんな上手なループができていったらいいなと思っています。とはいえ、なかの邸がお招きできるお客様の数は限られています。まずは目の前のお客様に集中して、おもてなしすることが大切だと考えます。」
量や規模を追いかけず、足元を見つめて一つずつていねいに。かつて自身の働き方を見つめ直したときに感じたことを長岡京の地で体現している小林さん。
今後もなかの邸は、飲食店としてだけでなく、また、福祉や伝統継承の場としてだけでもない、ここだけの体験ができる長岡京の魅力の発信拠点として、新たなにぎわいの空間を紡いでいく予感です。