食らし旅

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地域のアクション

〈海の京都 藤原ヒロユキさん〉 摘みたてホップの香りを世界に
与謝野生まれのクラフトビール 理想のビールを目指して始まった町を挙げてのホップづくり

2021/03/03

map_umi.png 海の京都

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大江山連峰をはじめとする山並みと、天橋立で知られる阿蘇海の間に位置する与謝野町。この町では、近年新たにビールの原料の一つであるホップの生産が始まり、地産のホップを使ったクラフトビールも登場しています。それまで国内では、北海道や東北地方で大手メーカーによる契約栽培が主だったホップを、なぜ京都北部のこの町で生産することになったのか。地元で与謝野ホップを使ったビール造りを行う「京都与謝野酒造合同会社」の藤原ヒロユキさんにお話を伺いました。

—全国初となるフリーランスのホップ産地

土地の7割以上を山地が占めている与謝野町。山々には「緑のダム」ともいわれるブナの原生林が多く残り、そこから町の中心を流れる野田川を介してミネラル豊富な水が行きわたります。肥沃な土壌に恵まれた平野部では稲作をはじめ、野菜や果物の生産も盛ん。古くから美味しい米と豊かな水による日本酒造りも行われてきました。
そんな与謝野町では、2015年から町を挙げてビールの原料であるホップの生産に取り組んでいます。この町でホップの栽培が始まったきっかけは、日本ビアジャーナリスト協会などの活動で知られる藤原ヒロユキさんの「日本オリジンのビールをつくりたい」という想いでした。

田畑が広がる中にあるホップの圃場(写真提供:京都与謝野ホップ生産者組合)

—クラフトビールとの出会い

もともとイラストレーターとして食のジャンルに関わることが多かったという藤原さん。ビールが好きだったのはもちろん、職業柄ラベルデザインにも興味があり、日本ではまだ大手メーカーのビールしか造られていない頃から外国のさまざまなビールをラベルでジャケ買いして飲んでいました。しかし当時は、普段飲んでいる日本のビールの“黄金色で冷やして一気に飲む”というビール観があり「まずいとは思わなかったけど、やっぱりちょっと違うなと思っていた」そうです。

「日本ビアジャーナリスト協会」「京都与謝野酒造」代表の藤原ヒロユキさん

そんな中、1994年の酒税法改正を機に日本各地でも小規模醸造のブルワリーが誕生していきます。当時「地ビール」と呼ばれた個性豊かなビールが国内でも造られるようになり、そこでビールにさまざまな種類があるということを知り興味を持ちました。
「それまでいろんな種類のビールを飲んでいたけど、こっちのアンテナが低かったんだなと。もったいないことをしていたなと思い、勉強しました」

情報源の少ない当時、自ら情報収集して学び、ビールに関する各種資格を取得。国内外のビールのコンペティションで審査員も務めるようになり、ビールの正しい知識や魅力を伝えるべく著書の出版も。2010年には「ビールのことをしっかり知り、しっかりと伝える」といった目標を掲げ「日本ビアジャーナリスト協会」を設立し、国内外のビール情報の収集・発信、勉強会の開催など、現在も精力的に活動されています。

—日本ならではのビアスタイルとは?

審査員として海外のコンペティションなどに行き、世界各国から集まった人たちとビールについて話すと、尋ねられるのが「ジャパニーズスタイルのビールってどんなビール?」という問い。
「正直、答えられなかった。国内の小規模醸造が始まって20年ほど経った頃でも日本のクラフトビールは海外のコピーで、日本発祥のビアスタイルというのはなかったんです」

ビールの主原料は、麦芽、ホップ、水、酵母。そこに味を調えるため、さまざまな副原料が使われることも。例えば、柚子や山椒など日本ならではの素材を副原料として加え個性を出しているビールもありますが、藤原さんは主原料の部分で日本らしさを出したいと考えていました。
「ビールの歴史があるのはヨーロッパだけど、クラフトビールのブームのきっかけはアメリカ。アメリカンクラフトが世界に広がった理由は、アメリカのホップがヨーロッパのホップと圧倒的に違ったことです。アメリカンホップがアメリカンスタイルを生み世界に影響を与えたことから、日本でも“日本のホップ”っていうのをもっと全面に出したビールを造りたいと思いました」

アメリカのクラフトビール文化のパイオニアといわれるアンカー社の代表銘柄のラベル

—理想のビールのために始めたホップづくり

ところが当時、日本で生産されていたホップは、ほとんどが大手ビールメーカーとの契約栽培。クラフトビールのブルワリーの多くは、海外から乾燥・加工されたホップを輸入して使っていました。
そこで、まずホップをつくろうと考えた藤原さん。「できれば故郷の関西で」という想いがあったところ、縁あって与謝野町でホップの苗を植えてみることにしました。
ホップは暑さに弱いといわれ、それまで日本では北海道や東北など北部での栽培が中心。「西日本での栽培は難しいのでは」という声もありましたが、世界の生産地は北緯・南緯の35~55度に分布し、与謝野町は北緯35度辺り。不可能ではないと考えていました。
すると読み通り、試しに植えた3本の苗のうち1本が育ち、ビールの原料となる毱花をつけます。それを見た地元農家の方が興味を持ち、町を挙げた官民連携でのホッププロジェクトが動き出しました。

現在ホップの生産を行う農家は町内に7軒。合計1ヘクタールほどの圃場がある(写真提供:京都与謝野ホップ生産者組合)

2015年から生産が始まった「与謝野ホップ」。2020年には初年度の約20倍となる2トン近くの収穫量となり、品質検査でも例年高い数値を記録しているそうです。
収穫時期が早いことも特徴。多くの産地ではホップの収穫時期は8月前後で、摘みたてのホップを使った新ビールは秋頃に出回りますが、与謝野町で2020年に栽培されたホップは早い圃場で6月の終わり頃には旬を迎えました。これは北半球で最も早い時期で、ひとあし早く真夏に新ビールが味わえるのも魅力です。

ビールの原料となる毱花は全て手摘み。ベストな状態のものを選り分けて丁寧に収穫するため品質の良さも評価されている(写真提供:京都与謝野ホップ生産者組合)

プロジェクトの開始当初を振り返りながら「僕が急に与謝野でホップの苗を植えてみて栽培できたからといって、自分でこんな風に棚を立てても成功していなかったと思う」と、藤原さん。
収穫量、質ともに年々着実にアップしてきたのは、それまでこの土地で果物や野菜、花などをつくってきた地元の方の農業のスキルがあってこそでした。
「僕はいろんなところから知識を仕入れてきたり、研修の段取りをつけたりはしたけれど、それをすぐ吸収して実際に生かせたのは、やっぱり地元の農家の方の力だと思います」

—摘みたてホップの香りを楽しむ、これまでにないビールを

藤原さんもホップ農家として与謝野町に圃場を持ち、それまでは東京から通っていましたが2019年に与謝野町に移住。「京都与謝野酒造合同会社」を設立し、いよいよ本格的にビール造りに取り掛かります。
京都与謝野酒造のビール造りで目指すのは、「伝統的なビアスタイル」と「現代的なビール嗜好」の融合。ビールは色味や濁り具合、アルコール度数、苦みなどを基準に、ピルスナー、ペールエール、IPAといったスタイルに分類され、現在世界には100種以上のビアスタイルがあります。
例えば、京都与謝野酒造「ホップアップビール」の第一弾としてリリースされた「ハレバレゴールデン」。大手メーカーの一般的なビールの11~12倍の量のホップを生のまま使い、畑で毱花を摘んでいる時に漂うホップの香りを表現したこのビールは、藤原さんいわく「トラディショナルスタイルのガイドラインではどこにも当てはまらず、コンペティションではスタイル外として落とされると思う」とのこと。

与謝野のホップがどんどん育ち、飛躍していって欲しいという願いを込めて名付けられた「Hop-Up Beer(ホップアップビール)」。左が第一弾の「ハレバレゴールデン」、右は第二弾で秋冬限定の「ツキカゲブラック」

グラスに注ぐ時から漂ってくる強烈なホップの香り、柑橘を思わせる爽やかな苦み、ごくごく飲めるのど越しの良さといった魅力の詰まった一品は、藤原さんがこれまで触れてきた伝統的なビールのスタイルを踏まえながらも、既存のガイドラインを度外視し、表現したい味や美味しさを追求して生まれました。
コンペティションでは、これまでにないスタイルのビールが登場して評価されると、新たにカテゴリーが設けられるそう。いずれは生ホップを使いその香りを楽しむ「ハレバレゴールデン」のようなビールが増えて一つのスタイルとして確立されるのも、藤原さんが思い描く理想の一つなのだとか。

—多くの人に飲んでほしいビールだからこそ環境に対する想いも

オリジナリティを追求しながらも「決して独りよがりにはなりたくない」という藤原さん。軸にあるのは「多くの人に飲んでほしいビールを造る」という想いです。自分の中にあるイマジネーションを飲む人に伝わるよう表現するビール造りは、これまでのイラストレーターとしての作品づくりにも通じるところがあり、今後も作品として多彩なビールを造っていきたいと考えています。
そんな想いのもと「ホップアップビール」の第二弾としてリリースされたのが、秋冬限定の「ツキカゲブラック」。「寒い季節にしっとりと味わえるビールを」と造られた深い茶色のビールは、香ばしさやほのかな甘み、酸味といったローストモルトによる風味、ホップの爽やかな香り、苦みと、表情豊かでありながらも飲みやすく仕上げられた一品です。

イラストレーターでもある藤原さんがラベルも手がける。描かれているのは大江山連峰の山並みとオリジナルキャラのホップちゃん、与謝野に棲息しているシカやオオタカといった動物たち

京都与謝野酒造のビール造りでこだわっている点がもう一つ。それは、瓶ビールをつくらず缶ビールのみを販売していることです。自然豊かな与謝野町で生まれたホップの香りが魅力の「ホップアップビール」は、山やビーチといった自然の中でも楽しんでほしいビール。もし、そんなアウトドアのシーンで瓶が割れてしまったら、回収できない小さな破片がそこに棲む生き物たちを傷つけてしまうかもしれません。
また、缶は瓶に比べて冷えやすく軽いため冷蔵や輸送のエネルギーが節約できること、クラフトビールの瓶は規格統一がなくリユースしづらいこともあり、リサイクル率が高いアルミ缶を選び、缶ビールのみで販売しています。
質の良いアルミ缶が当たり前の現代では、グラスに注げば缶も瓶も中身は同じ。味が落ちることはないそうです。割れずに繰り返し使えるロゴ入りのプラスチックグラスも制作し、近々リリース予定。アウトドアのお供にぴったりですよ。

—目指すのは与謝野のテロワールを生かした酒造り

京都与謝野酒造が次に目指しているのは、与謝野町内に自社醸造所をつくること。現在はまだ醸造所を持っておらず、自社のレシピを元に「常陸野ネストビール」の醸造元で日本有数の技術と規模を持つ「木内酒造」に醸造を委託しています。近い将来、与謝野ホップと与謝野の水で造ったビールを味わえるのが楽しみですね。

さらに、ゆくゆくは与謝野ホップを使い、ビールだけでなくジンやウィスキーといった蒸留酒も造りたいという藤原さん。京都与謝野“酒造”という社名は、そういった構想からです。「ビールは麦芽とホップが主役。フルーツやスパイスのポテンシャルを生かすにはスピリッツの方が適している」という考えから、蒸留酒造りには与謝野のフルーツをはじめ、近郊のさまざまな作物を取り入れたいという想いもあるそうです。
「まだ先のことにはなると思いますが、ビールに、ホップに軸足を置きながら、与謝野や丹後、関西地方のテロワールを生かしたお酒造りをしていきたいです」

京都与謝野酒造合同会社

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